カイロのイスラーム地区

カイロのイスラーム地区は、オールド・カイロと呼ばれる地区にあります。

Islamic Cairo

オールド・カイロは英語だと、当然old Cairo ですね。Islamic Cairo と呼ばれることもあるようです。

また、アラビア語のエジプト方言だとMasr el Adīma と言います。Masr はエジプトあるいはカイロという意味です、Adīma は古いという意味ですね。まあ、そのままの名前です。

フスタートとアムル・イブン・アル=アース・モスク

フスタートはアラブ統治下となったエジプトにおいて、初めて首都になった都市なのだとか。アムル・イブン・アル=アースによって建設されました。

また、アムルの手によってアムル・イブン・アル=アース・モスクも建設されたそうです。

そのまんまウィキペディアの情報です。

Mosque of Amr ibn al-As

コプト教地区もこの地域に

この地域には、コプト教地区もあります。コプト教というのは、東方正教会系のキリスト教です。コプト教の教会は時々ISに襲撃され、日本のニュースにも名前だけ出てきたりしますね。

コプト教地区の代表的な建物に、ハンギング教会があります。写真はこんな感じです。

The "Hanging Church" in Cairo

地図で確認すると分かるのですが、アムル・イブン・アル=アース・モスクが近くにありますね。300メートルくらい北かな。

バビロン要塞

ブリタニカ国際大百科事典によると、紀元後、エジプトはギリシア人にバビロンと呼ばれていました。ですから、バビロン要塞という名前が付いています。

Babylon Fortress

一応地図も。

7世紀にイスラム軍がビザンチン軍に勝つと、バビロン城塞の北側にテントを張って軍営にしました。そこはアラビア語のテントの意味から「フスタート」と呼ばれ,町は大きく発展しました。

ということは、バビロン要塞は古代ローマ時代にできたものという事ですね。そして、その周辺のエリアがのちにフスタートと呼ばれるようになったという事です。これはイスラムができた後のお話という事です。

さすがに歴史がある街だけに、注意して追わないとどの時代に作られたものか分からなくなります。

バビロン捕囚とは無関係?

余談ですが、バビロンというと「バビロン捕囚」を思い出す人もいるでしょう。でも、この地域とは直接の関係は無さそうですね。場所的にもちょっと違いますからね。時代もだいぶ違いますし。

バビロン捕囚の説明は、次のような感じです。

新バビロニア国王ネブカドネザル2世が南ユダ王国の首都エルサレムを2回(前597年,前586年)にわたって破壊,同地方を属州化し,貴族・軍人・工人等11万人以上をバビロニアに移した事件。(百科事典マイペディア)

この後、ディアスポラと言って、ユダヤ人が世界中に散っていくわけです。

とりあえずツアーが楽かなあ

始めてエジプトに行くなら、とりあえずツアーが楽でしょうか。H.I.Sのツアーをチェックする限り、5日間で10万円ちょっとからという感じですかね。もちろん時期にもよるのでしょうけど。

あ、ちなみに、添乗員が同行するプランです。

興味がある人は、チェックだけでもいかがでしょうか。

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